「まったく、何の因果で、こんな目にあわなきゃいけねぇんだ。」
ぶつくさと文句をいいながら、通された部屋のソファに
ドカッと身体を投げ出すように座る。
「お前も、物好きだな。花嫁の身代りだなんて。」
式場を出てから、ずっと後ろに寄り添うように付いてきた
白いワンピース姿の女に声をかける。
ツバの広い帽子を深くかぶり、その顔はゾロからは見えなかった。
「麦わらの一味の情報と引き換えでしたから。」
聞き覚えのある声。
ゆっくりと帽子を取って微笑んだ女は、海軍、たしぎだった。
な、なんでお前が、ここに・・・
言葉を飲み込んで、天井を仰ぎ見る。
ナミの奴、謀ったな。
******
ナミに話を聞いたのは、つい昨晩のこと。
なんだか、事情はよくわからなかったが
命を狙われている新郎新婦のハネムーンの身代りをしろと言われた。
断ったら、貸した金を今すぐ返せと言われ、しぶしぶ承知した。
身代りだったら、クソコックでもいいだろうと言ったら、
身代りの花嫁の身が危険だと。
確かにそうかもしれないが、オレだって、見ず知らずの女と
一週間なんて御免だ。
そこは、大丈夫よ。とさらりと受け流された。
まぁ、身代りとはいえ、身の危険があるなら用心棒ってことか。
どうせ、報酬たんまり吹っ掛けたんだろ。
その金で、オレの借金チャラな、と言ったら。
バカね。報酬は、私が貰うんでしょ。返済猶予が伸びるだけよ。
と、歯牙にもかけないで、却下された。
喰えねぇ、ヤツ・・・
「ま、高級リゾート地の別荘だっていうし、お酒も飲み放題よ。
一週間後、迎えに来るから、じゃあね!」
段取りも何もわからねぇまま、式場に放り込まれ、
スーツに着替えさせられ、さっき此処に連れてこられた。
*****
「身代りの新郎が、ロロノア、あなただったなんて。」
たしぎは、ふうっと大きく息を吐いた。
「しょうがないですね。一週間後に捕まえますから、
今は、我慢するしかありませんね。」
「我慢すんのは、こっちだ!」
むっとして、立ち上がると冷蔵庫に向かい、酒の瓶を取りだした。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを外す。
上着はとっくに脱ぎ捨てた。
空調はよく効いていて暑くはないが、やけに喉が渇く。
首をぐりぐりと廻して、開けた酒瓶に口をつけた。
さすが高級リゾート地の別荘、上等の酒だ。悪くない。
「なんですか、昼間っから。」
何か言いたげなたしぎを追い払うように手を振ると
寝室へと向かう。
「オレは寝るから、まあ、後は勝手にしてろ。あ、建物から出んなよ。」
たしぎの返事も聞かずにドアを閉めた。
ふかふかのベッドの上に、身を投げ出すように
寝転がった。
******
「どうする?ガセの可能性もあるぞ。」
「もちろん、行かせてください。自分の身は守れます。」
尋ねたスモーカーに、たしぎは、力強く返事をした。
たしぎは、昨夜のスモーカーとの会話を思い出していた。
来てみれば、目の前にロロノアが居る。
麦わら一味の仲間と合流するのは一週間後だ。
それまで、身代りの身では、何も動けない。
今から、力んでもしょうがないか。
ふっと肩の力を抜いた。
私も、何か飲もう。さっきからなんだか落ち着かない。
ふと、ドアの側の鏡に映る自分の姿が目に留まる。
くるっと向き直り、正面から見つめると
そこには、結婚式を終えた幸せそうな花嫁がたたずんで・・・
素敵な花嫁さんだったなぁ。
控室に居たたしぎに、ウェディングドレスのまま、
「ごめんなさいね。ありがとう。」と手を握ってくれた。
どういう事情かわからないけれど、ご無事でと、祈らずにはいられなかった。
お付きの執事から、荷物には、花嫁の服が入っているからそれを着て下さい。
自分の服は着てはいけません、と言われていた。
こんなワンピース・・・
自分なら絶対着ない。一週間だけだもの。
それでも、汚したらいけないと
大きなトランクを開けると、何か着やすい服を探した。
お嬢様なんだろうな。
たしぎがいつも着ているようなTシャツと短パンなんて
見当たらなかった。
しかたなく、できるだけ動きやすそうなものを選んで、着替えた。
ソファに脱ぎ捨てられたゾロの上着を拾うと
クローゼットにさげてブラシをかけた。
あ、なんかこれって、ドラマで見るような
新婚さんみたい!
あはっ!
一人で赤くなって、首を振った。
ネクタイを緩めるゾロの指先と首筋が
チラっと浮かぶ。
そうだ。
別荘ってことは、料理は自分で作るってことよね。
予感とともに、冷蔵庫を開けると中には食べきれない程の
食材が詰まっていた。
キッチンのテーブルには、一週間のメニューと作り方が
書かれたノートが置いてあった。
パラパラとめくって、思わずため息をついた。
あはは、これ全部作れってことぉ!?
そこまで、真似しなくても
と思いつつ、最後のページに、緊急お助けメニューと称し
冷凍、レトルト食品の一覧が載っていて、たしぎは胸を撫で下ろした。
椅子に座り、アイスティーをグラスに注ぐと口をつける。
それから、テーブルに添えられていたチョコレートを一つつまんだ。
ん、おいし。
どうなるんだろう・・・
ロロノアと二人きり。
いやっ、別に、何もある訳ないじゃん!
ははっ。
仕事、仕事なんだから!
急に現実味を帯びたここでの生活に
頭がクラクラしてきたたしぎだった。
〈続〉